兜《おおかぶと》に、鎧《よろい》、陣羽織、題目の旗をさして片鎌鎗という道具立てが無いだけに、故実が一層はっきりして、古色が由緒の正しいことを語り、人相に誇張のないところ、これは清正在世の頃、侍臣手島新十郎が写した清正像にしっくりと合致する。
その画像の前には具足櫃《ぐそくびつ》があって、それと釣合いを取って刀架《かたなかけ》がある。長押《なげし》には鎗《やり》がある。薙刀《なぎなた》がある。床の間から襖にそうて堆《うずたか》く本箱が並んでいる。
そこで、再び歌を思うことに気分を転じようとつとめる途端、ふと何かの気配を感じて、縁に沿うた連子窓《れんじまど》を見ました。そこに何やらの虫が羽ばたきをしている。その虫の音ではない、別に廊下でミシリという音がしたから――
「誰じゃ」
手にしかけた筆の軸を置いて咎《とが》めた夫人の声に、凜《りん》とした響きがある。
同時に、ちらと長押の上を見やったところには、薙刀がある。
「誰じゃ、それへ見えたのは」
圧《おさ》えて、しごくような咎めに遭って、のっぴきならぬ手答えがあった。
「え、深夜のところをお邪魔を致しまして、まことに相済みませんこと
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