したことほど一心に、番附面に見惚《みと》れて歩いて来たのだが、取落して、また拾い上げた途端に、端の折れ返った表を見ると、
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「次第御免」
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と真中に大きく、頭書《とうしょ》には、
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「名古屋|分限《ぶげん》見立角力《みたてずもう》」
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 少し変だと思って、なおよく見ると、
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「大関、内田忠蔵――勧進元、伊藤次郎左衛門」
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 おやおや、この番附は違う。

         十一

 その夜、山吹御殿の一間に、経机に凭《もた》れて、じっと向いの襖《ふすま》の紋ちらしを見入っている、大丸髷《おおまるまげ》に黒の紋つきを着て、縫模様のある帯をしめた、色のあくまで白い、髪のしたたるほどに濃い、中肉のすらりとした一人の女性――美人には年は無いと言っていいかも知れないが――玄人《くろうと》が見れば、四十を越していると言うでしょう。
 この女性が、見入っている紋ちらしの襖は、古色を帯びた金ぶすまで、その上に、紫で彩られた桔梗《ききょう》、それに朱でたっぷりとまるめら
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