がんりき[#「がんりき」に傍点]は、あわてて拾い上げたのを見ると、何かしらの番附らしい。
さてこそ、昨夜の長局の紛失は、まさしくこやつの仕業《しわざ》に相違ない。
だが、こやつとても、あの晩の品定めがあることを、あらかじめ窺《うかが》い知って、あの番附を盗みにわざわざ城内に忍び込んだとは思われない。
これは何か別の謀叛《むほん》があって、南条、五十嵐あたりに頼まれ、城内へ忍び入って、偶然、かしましい長局の品定めを立聞きしたことから、結局、この方が自分の趣味にかない、委細をすっかり聞取ってしまって、その最後のみやげが、あの長押《なげし》に貼った二枚の番附だけの獲物《えもの》で充分に甘心して出て来たものと思われる。
そこで、多分、このほかには被害は無いでしょう。ありとすれば、あの番附二枚が、今はいかなる手品の種に使われるかというだけのことです。
このやくざ者のことだから、この番附をたよりに、名所廻りでもする気になって、番附面の美しい人たちを軒別《のきべつ》に歴訪して、見参《げんざん》に入《い》ってみたいというような野心を起さないとも限らない。
そこで、今も、青物車に突き当ろうと
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