向に埒《らち》が明かない。
誰ひとり、剥がしたという者もない。蔵《しま》って置きました、と名乗って出る者もありません。
そのうちに、昨晩の面《かお》ぶれは、すっかり集まったが、二枚の紙の行方《ゆくえ》が全く要領を得ないことになると、そこで、一つの疑惑が産み出されてしまいました。
ことに醒ヶ井側は、このごろヒレがついて、自分に楯《たて》をつきたがる初霜のやからが、何か反感を以てしたことでもあるように取るし、初霜の方はまた、例の醒ヶ井側の意地悪から出たことに違いないと邪推し、両々|甚《はなは》だ気まずい空気が漂って来たが、おたがいになんらの証跡をつかまえているわけではないから、口に出す者はありません。
番附の紛失が、奥女中同士の中へ、こんな暗雲を捲き起し、深い堀をこしらえようとはしているが、もし、これが仮りに番附の紛失だけにとどまって、長局全体の被害が救われたこととすれば、勿怪《もっけ》の幸いであったと見なければなりません。
たとえば、化政から天保の頃にはやった、大名高家の大奥や、長局《ながつぼね》を専門にかせいだ鼠小僧といったような白徒《しれもの》があって――昨晩、この長局をお
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