ずの奥女中たちが、とうに気のついていないはずはありません。ですから、ただせっかくの調査に対しての申しわけだけに、おのおの、持場持場、自分所有の品々について吟味をしてみたけれども、なんら怪しむべきものを発見しませんでしたから、初霜が代表して、
「御苦労さまでございます、長局の方には、一向に異常がございません。どこといっていたんだところもなければ、誰の一品といって、失せたものもございませんそうで……」
 そこで断言して、ねぎらいかえそうとした時に、末のはしためが一人、後《おく》ればせに、ここへ駈けつけて、
「あの――昨晩、皆様が長押《なげし》へお貼りになった品定めの番附が見えないようでございますが……」
 なるほど、昨晩あれほどの興味を集めた産物、長押へ掲げてあの席の止《とど》めをさし、そうして置いて一同が揃って寝に就いたはず。
 昨晩のうち、あれに手をつけた者がないとすれば、今朝に至って、誰か気を利《き》かして剥《は》がしておいたものか。とにかく、事はたった一枚と二枚の紙のことではあるけれど、この場合、一応の調査を試みないわけにはゆかない事どもです。
 だが、だれかれとたずね廻っても、一
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