人いいというのはありません、ところが、あの奥方ばかりは、女が見て非が打てないのでございます。賞《ほ》めて見ても美しい、嫉《ねた》んで見ても美しい、そこで、もう一般の輿論《よろん》が定まっているんでございますね。ですけれども、繰返して申します通り、それは五年も前に、わたしたちがこしらえた番附面を、もう刷り直してもいい時分ですから――それにあの奥方は、この地にはおすまいになっていらっしゃらないのだし、お年も、もう、たしか四十を越していらっしゃるはずだから……」
「いいえ、年は標準になりませんよ」
初霜の、充分に斟酌《しんしゃく》のある理解ぶりにも満足しない醒ヶ井は、
「わたしは、四十になっても、五十になっても、本当の美人の美というものは、衰えるものじゃないと思います、年によって盛衰のあるのは、売り物の花だけでしょう、教養の高い美は、いくつになっても衰えは致しません」
「でも、醒ヶ井様は、五年以来、あの奥方の御消息を、御存じないとおっしゃってじゃありませんか」
「それは存じませんけれど、存じておりましても、存じておりませんでも、美しいものは、美しいに相違ございません」
「そうおっしゃれば、
前へ
次へ
全514ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング