それに違いはございませんけれど、それほどまでに御贔屓《ごひいき》をあそばすなら、せめて、あの方のこのごろの御消息ぐらいは御存じになっておいでになっても、罰《ばち》は当りますまいと存じます」
「城下にはいらっしゃらないのですか」
「ええ」
「では、犬山に?」
「いいえ……清洲《きよす》のお屋敷へお引籠《ひきこも》りになってから、もう二年越し、どちらへも、ちょっとも外出はなさらないそうでございます」
といって、それからひとしきり、その五年前に、名古屋一等の美人だという極《きわ》めのついている銀杏加藤の奥方の身の上話になりました。
前に言った通り、この席には、銀杏加藤の奥方の身の上について、予備知識を持っている若手も多いことでしたから、勢い、それは最初の発端《ほったん》にまで遡《さかのぼ》っての一代記にならないわけにはゆきません。その話すところを聞いていると、この御城下に、加藤家というのは幾つもあり、東加藤だの、西加藤だの、或いは梅の木加藤だの、ゆずり葉加藤だのといって、いくつも加藤家があるけれど、この銀杏加藤は千四五百石の家柄で、知行高《ちぎょうだか》からいえばさほどではないが、家格はな
前へ
次へ
全514ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング