のが、
「五年前のことでは、わたしたちは一向に存じませんもの……」
「わたしは、噂《うわさ》にだけは聞いておりました」
「でも、名古屋にいらっしゃらないのなら、新しく別に選んでも、失礼にはなりますまいか知ら」
新進がようやく頭をもたげそうにするのを、醒ヶ井は、いっかなきかず、
「いけません、たとえ、どちらにいらっしゃろうとも、あの奥方が生きていらっしゃる以上は、他人に第一の席は、わたしが許しません、この醒ヶ井が許しません」
「皆さん」
この場合、初霜は新進を代表している形勢であると共に、新進を教育せねばならぬ責めも感じているように、多勢の方へ向き直って、
「醒ヶ井様が、ああ、おっしゃるのも御無理はございません、それは、あなた方のうちにはお聞きにならない方もあるかも知れませんが、銀杏加藤の奥方が、名古屋第一の美人でいらっしゃるということは、醒ヶ井様お一人の御了簡《ごりょうけん》ではございませんからね。かく申すわたしだって、あなた……少しも異存は無いのでございます。男を定めるのは男かも知れませんが、女を知るのは、やっぱり女でなければなりませんからね。いかなる美人でも、十人の女が見て、十
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