ますまいね。でも、それではあんまり興が無いから、仮りに二と三をつづけることにして、お選びなさい」
 そこで、初霜もだまってはいない。
「それはそうかも知れません。ですけれども、それはやっぱり五年前の番附で、あれから新顔が出ないとも限りませんもの。よし出ないにしたところで、銀杏加藤《ぎんなんかとう》の奥方様は、もうこの名古屋にはいらっしゃいません」
「おや――あの奥方は名古屋にいらっしゃらない? でも、御良人も、お屋敷も、変りはないのに、江戸への御出府や、一時の道中は、人別《にんべつ》の数には入りませんよ」
「ええ、名古屋にもいらっしゃいません、お江戸へもおいでになっていらっしゃるのではございません」
「では、お亡くなりになったの?」
「いいえ……」
「どうしたというんでしょうねえ」
「ホホホホ、醒《さめ》ヶ井《い》様《さま》、あなたは銀杏加藤の奥方に、それほど御贔屓《ごひいき》でいらっしゃるくせに、そのお行方《ゆくえ》さえ御存じないの……だから、五年前のことは当てにならないと申しました」
 今度は、初霜が逆襲気味で、醒ヶ井の咽喉首《のどくび》を抑えていると、それを機会《しお》にして若い
前へ 次へ
全514ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング