アリスチックな笑い声、話し声ではなく、充分の人間味を含んだ笑い声、話し声ですから、すべての光景が行くに従って、森の荒唐味と、幻怪味とを消してしまいます。
「ワハ、ハ、ハ、ハ、ハ、そう来られちゃ、どうもたまらねえ」
 充分人間味を帯びた笑い声、話し声の中で、ひときわ人間味を帯び過ぎた、まやかし声が起ったことによって、幻怪味と、荒唐味は、根柢から覆《くつがえ》されてしまいました。
 今の、その声を聞いてごらんなさい。知っている人は知っている、知らない人は知らない、これぞ十八文の名声天下に轟《とどろ》く(?)道庵先生の謦咳《けいがい》の破裂であることは間違いがありません。
「ナアーンだ、道庵先生、先生、こんなところに来ていやがらあ」
 長者町の子供が、くしゃみをして呆《あき》れ返っているに相違ない。
 見れば、その、だだっ広い森の中、森というよりは屋敷跡とか、庭園とかいう感じを与える森の中の、とある広場を選定して、そこに数十枚の蓆《むしろ》が敷きつめられてあり、その周囲《まわり》に、煌々《こうこう》として幾多の篝火《かがりび》が焚き立てられている。
 その蓆の上へ、嬉々として、お客様気取りに
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