がありません。
その森は、かなりの面積を持った、だだっ広い森で、中に真黒いのは黒松である。
柳もあり、梅もあり、銀杏の樹も多い。柿の木なんども少なくないから、森といえば森だが、屋敷といえば屋敷とも見られる。庭園と見れば庭園である。かくてようやく目的地に至りついた米友は、森の闇の中へ二メートルの木柱をかついだなりで、無二無三に進み入りました。
二
この森は、物すごい森ではない。とりとめもなく広い水田の間へ、幾|刷毛《はけ》かの毛を生やしたような森ですから、中に山神《さんじん》の祠《ほこら》があって、そこに人身御供《ひとみごくう》の女がうめき苦しんで、岩見重太郎の出動を待っているというような意味の森ではありません。
面積に於て広いには広いが、やっぱり屋敷跡、あるいは庭園、もしくは公園の一部といったような気分の中の森を、米友は二メートルの木柱をかついで無二無三に進んで行くと、やがてかなりの明るさがパッと行手の森の中に現われて、そこでガヤガヤと人の笑い声、話し声が手に取るように聞え出しました。
その笑い声、話し声も、うつろの前で、今昔物語の老人が聞いたようなフェ
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