それをこなして、冬籠《ふゆごも》りの用心をする――ここから青梅の裏宿まで運ぶのはかなりの距離はあるが、それを自分ひとりでこなしては、自分ひとりで、或る時は手車を用いたり、或る時は背中に背負ったりして持ち運ぶ――
 男やもめの七兵衛さんは、よくあれで辛抱して稼《かせ》いでいられる、とあたり近所の人が不思議がる。
 豊太閤伝来の千枚分銅に目をかけて、東西を走《は》せめぐる七兵衛と、このお百姓七兵衛と、どこが別人で、どこが同人か、ああしている瞬間は怪盗七兵衛で、こうしている瞬間は百姓七兵衛――麦飯に、沢庵に、梅干の面桶を傾けて、それから小樽の水をグッと飲み、暫く昼休みの体《てい》で煙草をのみにかかりました。
 あたりの山林はいよいよ静かなものです。冬木立昔々の音すなり、と古人の句にある通り、林の静かなるところに、本当の静かさというものが味わわれる。
 ひとり煙草をのみながら、山林の静かな樹に七兵衛の平和な面《かお》の色――
 これを、やや久しうすることあって、遥かに山林の外で犬の吠ゆるのを聞きました。
 まもなく、一頭の大きな犬が走って来るのを認める。それは山林深く犬の走るのを見ることは珍し
前へ 次へ
全514ページ中463ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング