らぬ」
と制止せられたとある。
 これによって見ると、前後に少し合わぬところはあるが、尾州の「水祝い」も、元禄以後には全く廃止せられたものと見なければならぬ。
 しかるに、この際、特に道庵先生に敬意を表するために、この廃《すた》れたる古儀を復興して、十二分に「水祝い」をして上げたことと思えば腹も立てないではないか。
 それにしても、少々祝い過ぎたようです。
 事がこう不意に出でては、いかに古式の復活でも、驚かされないわけにはゆかぬ。いかに物に動ぜぬ道庵先生とても、行逢いがしらに前後左右から水をブッかけられたのでは、悲鳴をあげないわけにはゆきますまい。せっかく、名古屋人士が、充分の好意を以て、あらゆる名所見物を道庵先生のために開放したのはいいが、古式の復活も、ここまで来ては少々礼を過ぎたことになりはしますまいか。
 しかし、これを好意に取ると、親切なる名古屋人士は、あらゆる歓待をこの珍客に向って加え、のぼせ上らせるだけのぼせ上らせてみれば、もうこの上は、そののぼせを引下げるよりほかには御馳走が無いと見たから、ついにこの最後の水饗応に及んだものだろうかと察せられる。
 また、道庵の方から見
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