末にいけないことはこの上もない。
 その日も果して、勢いこんで、尚歯会主催の詩歌連俳の会に定刻前から乗込んで、放言を逞《たくま》しうしました。その一例を挙げてみると、何かにつけて頼山陽《らいさんよう》の話が出た時、
「山陽なんぞは甘《あめ》えものさ」
と口走ったのをきっかけに、騎虎の勢いで頼山陽をやっつけにかかり、
「山陽なんぞは甘えものさ。まあ、支那の本場は論外、近世ではおらが方の佐藤一斎だねえ。一斎の前へ出てごらん、山陽なんぞは後学のまた後学の丁稚《でっち》さ、品物でいえば錦と雑巾《ぞうきん》だね。世間というやつは得てして盲目《めくら》千人だ、山陽なんぞを有難がるのは、ボロッ買いみたようなもんだと、まあ言ったものさ……」
 この思いきった道庵の罵倒に、席上の山陽|贔屓《びいき》が納まらないとする。山陽論が席の話題になる――頃を見計らって、また道庵が、今度は山陽をホメ出すこと。あれは天才である、詩人を以て目すべきものではない、慷慨家であって、学者として見ては違う、その文章も、漢詩も、和臭の豊かなところが、すなわち山陽の山陽たる所以《ゆえん》であって、彼は漢詩の糟粕《そうはく》を嘗《な
前へ 次へ
全514ページ中433ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング