いよ、事実、三州からこっちの方へかけては、大きな凧が流行《はや》っているし、岡山の幸吉ゆずりの工夫者もいるという話だからなあ」
「ですけれど、凧に乗って、金の鯱を盗もうなんかと、そいつぁ、ちっと……かけねがあり過ぎやしませんかね」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]、貴様には、そんな芸当はできないか。凧に乗らないまでも何とかして、あの金の鯱に食いついてみてえというような了簡《りょうけん》は起らないか。今いう通り見ているだけではいかに金の鯱でも腹はくちく[#「くちく」に傍点]ならねえ、懐ろも温かくはなるまい」
「は、は、は、は」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]が遠慮なく、高笑いをしてしまったから、五十嵐甲子男が、
「何がおかしいのだ」
「だって、先生、あれこそ、ほんとうに高根の花でござんすよ」
「貴様には、手が出せないというのか」
「エエ、あればっかりは手が届きませんねえ」
「いよいよ意気地のない奴だ、柿の木金助の爪の垢《あか》でも煎《せん》じて呑むがいい」
「旦那、そりゃ今いう通り、柿の木泥棒のことは作り話ですよ、そりゃあ、柿の木泥棒とかなんとかいう奴があるにはあったんでしょうがね
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