もことわらず、フラリと宿を出てしまったことは事実です。
それは単に、お角が口惜《くや》しがって、想像したような心持ばかりではないらしい。
音に聞えた鳴海と聞いて、歌書や、物語で覚えた古《いにし》えの鳴海潟《なるみがた》のあとをたずねてみたくなったのもその一つの理由です。
鳴海潟のあと、鳴海潟のあとと、たずねて参りましたけれども、誰もそれと教えてくれる人はありません。
鳴海という字面から、古えの文《ふみ》の教ゆる松風と海の音とを想像して来て見たら、松林もなければ、海もない。
人にたずねてみると、海はまだまだこれから遠いとのこと。この辺が海であったのは、遠い昔のことで、鳴海は名のみ、今は鳴らずの海だという。多分、あの小さなお寺のあるあたりが、昔の鳴海潟であったでござんしょう、だが、それは千年も昔のこと――と言われるままに、お銀様は、とあるところの小さな庵寺にまでさまよい至りました。
手のつけようもなく荒れ果てた庵寺。お銀様は堂をめぐってその額などをながめて見ました。
古雅な土佐風の絵に、古歌をかいたのがゆかしい。
読みにくいのを、お銀様は注意して読んでみる。
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