さあ、この後日がどうなるかと、お角は他事《よそごと》でないように案じました。

         五十

 聞いてみると、二人の若い悪ざむらいは、岡崎藩の者だそうです。
 東照権現誕生の地――五万石でも城の下まで船がつく、とうたわれた岡崎様の家中も、こんな若ざむらいばかりではあるまいから、後日が思われる。
 ところで、この一場の争闘が、さしもの相撲興行を、ほとんど入《いれ》かけにするほどの騒ぎになったから、お角、お銀様の一行も、角力見物《すもうけんぶつ》はそのままで打ちきって、もと来た方へ戻ることになりました。そうして、その日のまだ高いうちに、無事に岡崎に着いて、桔梗屋というのに宿を取り、その翌朝も尋常に出立して、岡崎城下を新町から、日本一の長い橋と称せられた二百八間の矢作《やはぎ》の橋を渡って、矢作から西矢作の松原へかかった時分に、不意に、お角の駕籠《かご》の棒鼻がおさえられてしまいました。
「その駕籠、少々待たっしゃれ」
 女長兵衛の格で納まっているお角が垂《たれ》を上げて見ると、棒鼻をおさえているのは、権八よりはまだ若い、振袖姿のお小姓らしい美少年が、刀の鯉口を切って、
「御迷惑
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