いうのを校訂していると、
「北原さん、お客様でございます」
「え!」
 北原は愕然として筆を措《お》きました。
「お客様がお着きになりまして、今、おすすぎをなすっていらっしゃいます」
「誰ですか」
「尾張の名古屋の紅売《べにう》りだとおっしゃいました」
「来た、来た! 先生、伝書鳩の効能がかくも的確とは予想外でした……お雪さん、どうも有難う、いま行きます」
「どう致しまして」
 室の外で北原に取次だけをして、姿を見せないで行ってしまったのはお雪ちゃんです。
 北原賢次は、良斎を残して、とつかわと出て行ったが、暫くして、北原はその名古屋から来た紅売りというのを伴うて、浴槽の方へ行った様子。浴槽の中でも、いつもとは違って、極めてしめやかに、話し込んでいると見えて、時々、湯の音がするだけのものでした。
 湯を出てから、再び、以前の校訂室へつれて来るかと思うと、そうではなく、別に己《おの》れの室へ連れて来て、そこで、また、極めてしめやかな話しぶりです。
 夜になると、例によって、炉辺閑話が賑わい出してきましたけれど、北原は面《かお》を出さないくらいですから、今日訪ねて来たという新来の珍客、名古
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