の鯱があんまりまぶしくない。瘠《や》せても、枯れても、徳川親藩第一の尾州家――それが、この城を築くために甘んじて犠牲の奉公をつとめた落日の豊臣家時代の加藤清正ほどの潜勢力を持合せていないことは、尾州藩のためにも、天下のためにも、幸福かも知れないのだ」
「そうさ、頼みになりそうでならない、その点は、表に屈服して、内心怖れられていた、当時の加藤清正あたりの勢力とは、比較になるものではない」
「思えば、頼みになりそうでならぬのは親類共――水戸はあのザマで、最初から徳川にとっては獅子身中《しししんちゅう》の虫といったようなものだし……紀州は、もう初期時代からしばしば宗家に対して謀叛《むほん》が伝えられているし、尾張は骨抜きになっている」
「かりに誰かが、徳川に代って天下を取った日には、ぜひとも、加藤肥後守清正の子孫をたずね出して、この名古屋城をそっくり持たせてやりたい」
こうして南条と、五十嵐とは、城を睨《にら》みながら談論がはずんで行き、果ては自分たちの手で、天下の諸侯を配置するような口吻《こうふん》を弄《ろう》している時、少しばかり離れて石に腰をおろし、お先煙草で休んでいたがんりき[#「
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