として進み入ったものであります。
ところが、この松林が意外に深く、これに入った白雲の足どりが、存外要領を得ていなかったものだから、松林を行きつ戻りつ、嘯《うそぶ》く人のように見えました。
四十三
海を見て杜《もり》へ入ると、気分が全く転換する。
雑林地帯と違って、下萌えのない芝原に、スクスクと生い立った松の大幹の梢が、豪宕《ごうとう》な海風と相接する音を聞くと、言わん方なき爽快と、閑雅にひたされる。海は豪宕のうちに無限というものの哀愁を教える。山林は身神を放遊して、人に閑雅を与える。
太古、この松林には夥《おびただ》しい鹿が、野生群遊していたという。
大和の奈良の春日山の神鹿の祖、ここに数千の野生の、しかも柔順な、その頭には雄健なる角をいただいて、その衣裳にはなだらかな模様を有し、その眼には豊富なるうるみを持った神苑動物の野生的群遊を、その豪宕な海と、閑雅なる松林の間に想像してみると、これも、すばらしい画題だ! その群鹿の中に取囲まれて、人と獣とが全く友となって一味になって、悠遊寛歩する前代人の快感を想像する。
そうだ、「春日以前の神鹿」といったような
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