炭――というものに多大の注意を払いはじめたのは、この頃のことです。
石炭――に就て駒井甚三郎が注意を払っていたのは、今に始まったことではありません。
燃ゆる水、燃ゆる土の、半ば伝説的時代はさておき、近代に於ては、九州地方に於て、ひそかにこれを採掘して実用に供している住民のあることを駒井は認めている。
日本の当局者も、心ある者は、近き将来に、この新たなる燃料の大量需要の来《きた》るべきことを予想し、どうしても、日本内地にその豊富なる鉱山を見出さねばならないことを痛感している。現に不肖ながら、自分もその先覚者の一人で、年来、ひそかに有力な石炭の産地というものに目をつけていないではなかった。幕府にある時は、それぞれの系統をたどって、各地からの報告を取寄せ、今でもそれの参考資料をかなり集めている。
最も有望といわれる産地、九州地方はさておき、江戸を中心としては静岡地方――それから常陸《ひたち》から磐城《いわき》岩代《いわしろ》へかけて、採炭の見込みがある。それから燃ゆる土、燃ゆる水の発祥地なる北越地方――その辺の古い記憶や、報告資料を調べ、その結果は、ここ安房《あわ》の洲崎《すのさき》
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