という即興をうたわない。
 それは散文ではあるけれども、立派に数理の筋が通っています。弁信が干渉するように、道義を吹込んではいないけれど、数理を外《はず》れるということはありません。
 しかし、どちらにしても、茂太郎の歌う心と、調べとは、反芻《はんすう》の出鱈目《でたらめ》に過ぎません。多分、その詞句をかく歌えと教えられるからその詞句を、しかくうたうだけに止まったものです。
 ああして弁信は茂太郎の歌に干渉し、こうして駒井は茂太郎に数理を教える。茂太郎自身としては方円の器《うつわ》に従いながら、詩興そのものは相変らず独特で、調律と躍動そのものは、例によっての出鱈目です。誰もそこまで干渉して、新たに作曲を試みて彼に与えようとする人は、まだ見出されていないのであります。
 その時分、駒井は天体のある部分――たとえば大熊座と小熊座の間のあたりに、何か異状を認めたらしく――望遠鏡に吸いつけられて、茂太郎の歌も聞えない。まして、その音律や行動に干渉を試むる余地もなく、全く閑却していると――いつもならば、その歌を聞いて、よく覚えたと賞《ほ》めたり、間違ったところを訂正したり、なお新知識を授けたりす
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