起きないお角の功名の一つでありました。
 これがまた、父の伊太夫を喜ばすことは前述の如く、この暴女王の絶対権に支配されていた以前の小作たちから圧迫の重石《おもし》を除いて、鬼のいぬ間という機会を与えた善根になるというものです。
 いずれにしても、お銀様の急の旅立ちということが、三方四方によい空気を持ち来《きた》してしまったことは、近頃にはない勿怪《もっけ》の幸いでありました。
 だが、申し合わせたわけではないが、この時、名古屋にはすでに、江戸ッ児の先達《せんだつ》を以て自ら任じている道庵先生が、すでに先発している――それに伴うて、お角さんにとっても、切っても切れない縁のあるらしい正直にして短気の米友公というものの存在がある。
 そこへ、お銀様と、お角さんが乗込んで、万一かの地で鉢合せでもしてしまった日には、名府城下の天地の風雲も想われないではない。

         三十五

 神尾主膳はこのごろ、子供と遊ぶことに興味を覚えたらしい。だがそれは子供と遊ぶというよりは、子供をおもちゃにすること、子供を涜《けが》すことによって、自己の満足を買うことに興味を感じ出したものというのが至当でし
前へ 次へ
全514ページ中256ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング