するものが、その興味の中断を試むるものが、この有野王国のうちに存在するはずはありませんが、今日は少なくとも、その暴女王をして一時《いっとき》、呆気《あっけ》に取られて返すべき言葉を知らないほどの事件に出会《でくわ》させました。
「まあ、お嬢様、御無事でいらっしゃいまして何よりでございます、ほんとに、よく御無事でいらっしゃいました」
こういって、遠慮なく、障子越しに、なれなれしい言葉を聞いたものだから、暴女王が、悪女の名を記す筆をとどめて、あっけに取られました。
この王国のうちに、自分に対して、こんななれなれしい、涜狎《とっこう》に近い言葉づかいを為し得る奴がどこにいる。
のみならず、障子越しに、こんななれなれしい言葉をかけてから、縁側へ進み寄って、
「御無礼いたします、お嬢様」
と言って、障子を引開けてしまったのです。そこでお銀様、
「あ、お前は両国の親方じゃないの」
「はい、角《かく》でございます、どうも御無沙汰いたしました」
「まあまあ、お前」
さすがのお銀様が、あきれて物が言えなくなったのも道理であります。
女軽業《おんなかるわざ》のお角は、いつもと同じような水々しさと
前へ
次へ
全514ページ中239ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング