きの中に、土蔵住まいをしていた時の机竜之助の口ずから聞いて、亡き者を、有るが如くに妬みにくんだあのお浜という不貞な女。
 お銀様は、筆誅を加えるほどの意気組みで、その名を錐《きり》で揉み込むほど強く木片に認《したた》めて、長いこと睨みつづけておりました。
 その次には、自分の継母を加えようとしたらしいが、あれはにくむに足りない女だという、軽蔑の気が先に立ったものか、急にとりやめてしまったようです。
 ある時は、お角という女興行師の親方をも筆端に上せようとしてみたが、いやいや、あの女も悪女ではない、いい女だ、気象のさっぱりした、男惚れのする女でもあれば、男まさりもする女だ、自分に対してだけは妙に気を置くが、自分はあの女を嫌いではない、あれは悪女ではあり得ない、とあきらめもしたようです。
 そこで、お銀様は、なお周囲を狭くして、自分の眼に見、耳に聞くところの範囲での悪女――姦通した女、放火《ひつけ》をした女、どろぼうした女、殺した女、殺された女、およそ問題になるほどの淪落《りんらく》の女を調べる気になりました。
 夫を持ちながら情夫が数人あって、その情夫に殺されたというなにがし村の淫婦。

前へ 次へ
全514ページ中235ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング