人は、死者の霊魂は必ずその彫像を借りて生きて来る、或いは彫像によって死者の霊魂を迎え取ろうという信仰があった。よし、それは迷信であっても、信仰の一つには相違ない。
そこで六千年以前から、人類生活を持っていた偉大なるハム民族は、その巨大なる想像力と、独得なる霊魂復活の信念を働かせて、多くの巨人的製作を、現代の我々の眼にまで残している。
お銀様のスフィンクスは、こんなものではない。
第一、お銀様には、その巨大なる想像力がない如く、殊勝なる霊魂復活の思想なんぞはありはしない。
そこで怪奇の目的が、大自然へのあこがれでもなく、大自然力への奉仕、或いは恐怖でもなく、ただそれより以降、六千年の人間の世にうごめく眼前の我慾凡俗の間の、呪いと、恨みと、嫉みとが、生み上げた復讐的精神の変形として見るよりほかは見ようがないらしい。
だから、彼女のスフィンクスの怪奇の対象は、彼女自身の、むしゃくしゃ腹の具象変形に過ぎないと思われる。
そこで、この絵像の与うるところの印象は、全体に於てノッペラボーで、部分に於て呪いで、嫉《ねた》みで、嘲笑で、弛緩《しかん》で、倦怠で、やがて醜悪なる悪徳のほかに何も
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