がやく眼より怖ろしい。かがやく眼は威力を現わすけれど、この眼は倦怠を現わす。威力には分別を含むものだが、倦怠は侮蔑のほかの何物をも齎《もたら》さない。
お銀様のこしらえたのはスフィンクスです。
だが、古代|埃及《エジプト》の遺作に暗示を得たのでもなければ、摸倣したのでもなく、或いはまた直接間接に、その材料を取入れたわけでもなんでもありません、全くお銀様独得のスフィンクスだということが一見して直ぐわかる。
たとえば、復興時代のエジプト人が、母性守護の女神として表徴した、奇怪なる河馬女神トリエスの石彫像に似たと言えば言えるが、もちろんそれではない。
牝牛を頭にいただいたハトル女神の面? アプシンベル神殿の岩窟の四箇の神像のその一つ、クラノフェルの面に似ていると言えば言えるかもしれないが、それでありようはずのないのは、メンツヘテブの石彫がこれと似て非なるものと同じこと。
古代|埃及《エジプト》の彫像は怪奇を極めているが、超現実的ではない、いかなる怪奇幻怪なるものの裏にも、必ずや厳密なる写実がある。
お銀様のスフィンクスには、怪奇はあるが写実はないといってよろしい。
古代エジプト
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