から芸事を本格に勉強しておきたいという志願で、踊りの本場といわれるこの名古屋へやって来て、当時有名な坂東力寿さんのところへお弟子入りしているということ。
もう、踊りも名取になったから、一旦、国へ帰って、それから四日市へ出て、お師匠さんで身を立てようと思う――というようなことを、米友に語って聞かせました。
そうして、一通りの身の上話が終ると、結局、
「友さん、そういうわけだから、ぜひ、わたしと一緒に国へお帰り……お前さんが帰ると、土地の人が、どんなにびっくり[#「びっくり」に傍点]するだろう、わたしは、そのびっくりする面《かお》を見てやりたい、ね、一緒に帰りましょうよ」
二十九
お銀様というものの存在が、今や有野村にとっては、恐怖の的でありました。
あの災難の後、伊太夫は、慢心和尚を招じて大供養をいとなみ、追善として、米穀と、金銀との夥《おびただ》しい施行《せぎょう》を試みましたけれど、お銀様というものには、一指を染めることもできませんのです。
お銀様は、大竹藪《おおたけやぶ》の中の椿の木の下に、茶室をうつして、それに建増しをしたところに、ひとり住んで、そ
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