したが、こんどは両の手に、すりこ木を入れた擂鉢《すりばち》を恭しく捧げて来たものです。
さても洒落者揃《しゃれものぞろ》い――道庵が藪に向って供養をすれば、この坊さんも負けない気になって、これから味噌をすります――だが、この坊さんは、味噌をするにしては少し年をとり過ぎています。この年になって、味噌をすらねばならぬという悲惨の運命からは、多少とも超越してはいたようです。
四
擂粉木《すりこぎ》と擂鉢《すりばち》とを、件《くだん》の日蓮宗派に属するお寺の坊さんが恭しく捧げて、祭壇の前へ安置した時、端坐していた道庵先生が、おもむろにそれに一瞥《いちべつ》をくれて、
「すれましたかな」
「すれました」
道庵先生は、ちょっと中指を、擂鉢の中へ差し入れてみました。
汚ないことをする、味噌がすれたか、すれないか、それをここへ持ち出す坊さんも坊さんだが、それへ指先を突込んで、嘗《な》めてみようとする先生も先生です。
「ははあ」
指先へつけたのを、篝火《かがりび》の火にかざして道庵が、ためつすがめつ眺めていますが、べつだん嘗めてみようとするのではないらしい。
「けっこうす
前へ
次へ
全514ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング