だ。
祭主の黙祷《もくとう》についで恭《うやうや》しく声明読経《しょうみょうどきょう》に及ぶかと見ると、そうではなく、恥かしそうにバラ緒の下駄を突っかけて、竹藪《たけやぶ》の裏の方へ消えてしまいました。
さては、この竹藪の裏に仕掛があるのだな。
最初から、この竹藪が疑問です。竹藪の前に何物もなく、竹藪の中には何物がおわしますとも見えないのに、祭壇ばかりが恭しく飾られて、祭壇そのものにも、なんらの御本尊の象徴は見えていない。いくら道庵先生が、いたずら者だからといって、ことに自分が筍《たけのこ》の部類に属するからといって、縁もゆかりもない土地へ来て、竹藪祭りをするということも、悪ふざけが過ぎます。そうかといってここで見たところでは、竹藪の中には、種も、仕掛も、本尊様らしいものもないようです。
さて、この辺で道庵先生は、例によって来会の民衆に対し、一場の演説を試むるだろうと期待していると、今日は案外におとなしく、また恭しく坐り直して、祭壇の直前に向い、黙祷をはじめてしまいました。
そうこうしているところへ、以前の日蓮宗の坊さまが、また問題の竹藪の背後から、ゆらりゆらりと姿を現わしま
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