太郎がまた飛び込んで来て、
「おじさん、おじさん、大変だよ、大変なことが出来ちまったよ」
「何だい」
「今ねえ、村の人やなんかが大勢やって来て、マドロスさんをさらって行ってしまったのよ。マドロスさんは悪いことはしたけれども、本当は悪い人じゃないの、それをみんながああして連れて行ってしまったから、マドロスさんは殺されるかも知れません、大変よ、大変よ」
「そりゃ大変だ、殿様に申し上げたかい、殿様はどうしていらっしゃる」
「殿様は造船所の方へ行っちまったんです、そのあとへ村の人が大勢入って来て、盗人《ぬすっと》を殺せ、毛唐《けとう》の狒々《ひひ》をやっつけろなんて、大勢でマドロスさんを担《かつ》いで行ってしまいましたよ」
「それはいけないね、早く殿様に告げに行っておやりなさい」
「お嬢さんが行きました」
「それじゃ、おじさんもこうしてはいられない」
七兵衛もあわただしく立って、庭の方へ出て見ました。
なるほど、茂太郎が言った通り、村の人かなにかが多数に乱入して、無理矢理にこの物置の中の人を奪って行った形跡はたしかです。それにしても乱暴過ぎると思わないわけにはゆきません。
いくら悪いことをしたからとて、そこの主人が承知で物置へ入れて置くものを、よそから来て奪い去って行くというのは、あまりに乱暴です。
多分、このマドロスという男が、村人に、堪え忍び難きほどの損害か、恥辱かを与えたればこそ、こういう仕返しが来たのかもしれません。それにしても、主人を無視した、乱暴な仕打ちであると考えさせられました。
この分では、奪って行かれたマドロスという人の運命の程が思われる。どのみち、虐殺のうき目を遁《のが》るることはできない。何の罪状か知らないが、罪を問うならば問う方法がある、これでは無茶だ、という気持が、むらむらと七兵衛の心に起りました。
そうしてみると、一刻も猶予してはいられない。よしよし、とにかく、ひとつ出かけて行って見てやろう。七兵衛は客間へ取って返して、自分の道中差を取ってぶち込み、尻端折りをして飛び出しました。
行く先は分らないながら、とにかくあらましを茂太郎から聞き、足跡をたどり、途中で聞き聞き行くつもりで駈け出しました。
これが行く先さえ分っていれば、七兵衛の足だから先廻りをするに雑作《ぞうさ》はないが、なにぶん土地不案内のことです。
一方急を訴えられた造船所では、ちょうどそこに、主人の居合わされないことを残念に思いました。駒井甚三郎は七兵衛を置いて、それからまたここへ戻って来たには来たが、またフラリと立去ってしまったとのことです。
平沙《ひらさ》の浦の方へ潮を見に行ったか、天文台の方へ、観測に行ったか、どちらへも人を馳《は》せると共に、造船所の職工のおもなる者は、当所の陣屋へ来て見ますと、右のような次第で、乱入者も、マドロスも、影も形もありません。そこでまた、手分けをしてその行方《ゆくえ》を探しにかかりました。
とうとう夜になったが、行方が知れませんでした。
夜になると、駒井甚三郎が帰って来てその報告をきいて、安からぬことに思いました。
それは、この辺の土民にしてはやり過ぎである。誰か尻押しをしたものがあるのだろう、けしかけたものがあるだろう、黒幕にいるものがあるに相違ない、と感じさせられないわけにはゆきません。
そうしてみると、この地に来た自分の挙動に、注意しているものに二種類ある。一方は充分の好意と、信頼を以て、何かと助力を惜しまない人。一方は何か異端が来て、陰謀の企《くわだ》てをしているのではないかという疑惑と、その背後には、有力なる官辺の影と、迷信の力が無いではない。
このたびの事を機会として、その反動の側の勢力がはかって、不意に来たのだな。不意に来たとはいえ、この暴行には相当根拠がある、後ろだてがあるということを駒井がさとってしまって、この結末は相当面倒であり、手数がかかると思案しました。
そこへ帰って来たのは七兵衛です。
七兵衛は駒井の前へ、次の如く報告しました。
「これはなかなか大事《おおごと》でございます、マドロスさんとやらを奪い出したのは、この土地の村人の仕業《しわざ》ではございません。
あれは、この界隈きっての博徒の親分、洲崎のなにがし[#「なにがし」に傍点]という奴の子分共の仕業でございますぜ。それもまた、洲崎の親分だけがさせたのではありません、そのうしろには黒幕がありますぜ。
とにかく、殿様がこの土地へおいでになって、そもそもの初めから、嫌な眼で見ていた奴がございます。
それが、殿様が仕事をお進めになればなるほど、怪しい眼を光らせていたものでございます。
それにはお上役人の筋を引いているものもございます、土地の昔からの家柄の者もございます、お寺の信者や、神様の氏子、
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