類《たぐい》がついている。つまりこの一行は、当日の相撲を見るべく、身内の者と、芸妓連を引具《ひきぐ》して、ここへ乗込んで来たものであることがわかる。
 多勢を頼む利《き》かぬ気の水商売連であるところへ、連れて来た美形連の手前、そのまた美形連が存外の強気で、普通の場合には、まずまず女連が恐怖狼狽して逃げ出すか、分別のあるのが泣いてあやまるとかして緩和すべきものを、ここでは控えの芸妓共が強気になって、かえって旦那方の後援をしていることほど、のぼせている。
 そこで、女の手前もあり、気の立った一行が、なあに二本差していたって相手は生酔い二人、あんまりふざけ方がアクどいやいという気になったらしい。
「あんた方、人のてほんになるべき身でおだしながら、何たる無作法な真似《まね》しなさる、お百姓衆はこわもてで、許すか知らんが、相手を見損なっては、どもならんぞ。さあ、もう一度、手出しをするならしてごらん。わしは名古屋の河嘉の松五郎という、しがないもんやが、曲ったことは大嫌いじゃ――あんた方が、自分が悪いと思召《おぼしめ》したら、ここへ手をついてあやまっておいでやす――そうもなければ許しゃせんぞ」
「何を――この忘八者《くるわもの》めが、武士に向って僭上《せんじょう》至極!」
「斬って捨てるぞ!」
 二人の悪ざむらいは、威丈高《いたけだか》になりました。
「何、何と言いなはる、お腰の物へ手をかけなさったは、わしたちをお斬りなさる了見かエ。面白い、さあ斬っていただきやしょうか。今日はお天気がよくて皆さん、みんな御見物にいらっしゃる、わしも名古屋の河嘉の松五郎じゃ、こんなところで、晴れて斬られるならずいぶん斬られて上げる。どちらが道理か、お立会の方がみんな御存じ。さあ、お斬り下さい、どこからでも、横になと、縦になと、斬っていただきやしょう」
 相手の言葉尻を逆にとらえ、尻をまくることの代りに、片肌をぬいでしまって、
「さあ斬れ――」
をきめこんだものだから、見ている人が手に汗を握りました。
 それで、勢いこんだのは相手の悪ざむらいではなく、町人の後ろに控えている身内の若いのと、それを声援する芸妓たちです。
「兄さんの、おっしゃる通りが道理じゃ、さあ、白いと黒いは、皆様がご存じ、斬られておやりなさい――まんざら、犬死はなさるまい、道理は、わしたちはじめ、お立会の皆様がご存じじゃ、斬られるものなら、立派に斬られてごろうじ、骨はわしたちが拾って帰りやす、さあ、おさむらい衆、うちの兄さんを、お斬りなさい――立派にお斬りなさい」
 そこで、親方が、いよいよ強気になる。
「さあ、斬られましょう、夜討や暗撃《やみうち》を喰うのと違って、こうして晴れた明るい天気、千万という皆様のごらんなさる前で、腕のお立ちなさる若いさむらいさん方のお手で、さっぱりとやられたら、ずいぶん、気持のいいことでございましょう、このごろは悪血《あくち》が肩へ凝《こ》ってどもならん、ここの肩のところから、すっぱりやって下さんせ、さあ、お斬りなさい」
と身体《からだ》を突きつけたものです。
 この体《てい》をお角さんが見て、ははあと一切を合点しているうちに、立会の者の囁《ささや》くところを聞いていると、この傍若無人の悪ざむらいが、今までの手並で、この芸妓連を見かけると、得たりとばかり分け入って、いちいちその頬っぺたを撫で歩いたのが、喧嘩のもとだということです。
 案の定!
 お角としては、自分たちが引受けねばならなかった役廻りを、この芸妓連の一行が買い受けてくれたようにも思われて、本来は、痛快を感じて、多少声援の役廻りでもつとめねばならぬ立場であり、そういう際には、引込んでいる女ではないのですが、この際は、どういうわけか、さほど気が進みませんでした。
 これは、悪ざむらいたちの不埒《ふらち》は、申すまでもないが、それを買って出たこの一行連の強気も、あんまり感心したものではないと見たからです。
 どうも、この連中は、降りかかった難儀のために、やむにやまれず、喧嘩を買って出たというよりも、周囲の同情が自分たちの方に有利な形勢を見て、どうも少々増長気味があるらしい。それに、見損うない、かいなでの在郷連と違った兄さんだぞという見得《みえ》で、後ろに声援の芸妓連をはじめ、群がる見物人の手前という衒気《てらい》が充分に見えきっているから、お角がこれはよくないと思いました。喧嘩を売った方は、もとよりのことだが、この喧嘩の買いっぷりが本筋でない!
 ああまでしなくってもよい、若ざむらいの悪いのは、もとよりわかっているが、あれは若気の至りに酒があって、あたりの在郷連の間に、自分たちの身分に慢心しきって、人が一目置いて行くのをいい気になってしまったというまでで、かなりアクドいふざけ方はするが、避ければ、強《し》い
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