ゃる通り、行手にこのような大きな山があっては、越そうにも越されませぬ、取急いで、何とか、お取捌き下さい」
「はっ、はっ――恐れ入りました、至急に地ならしを仕りまする」
 新元服の本客に劣らない、振袖姿の美少年の生意気さ――道路の上に指さして、上役が下僚を叱るような態度で、きめ[#「きめ」に傍点]つけているのが、
「奇妙奇妙」
 道庵には奇妙だが、米友にはむしろ奇怪千万の挙動に見られます。
 どうも、両者の詰問を聞いていると、いずれも、せっかく、招かれたから来てはやったが、途中に山があって、通れないということの抗議に帰着されるらしい。
 ただ、これを新元服は突袖で言ったが、前髪立ちは、振袖の袂を翻して、鮮かに地上を指さしながら言っているだけの相違です。
 恐縮の額に手をおいて、振袖に指さされた地上を、お世話人と、お取持が見つめて、いよいよ恐縮している。その指摘の場所をよく見れば、拳大の石が一つ、路面に頭を出している。
「このような大きな山、薩陀峠《さったとうげ》や、宇津の山道ならば、馬駕籠でも越せましょうが、これは、越すに越されぬ大井川と同じこと、至急何とかお取計らい下さい」
「委細、心得ましてござります。おーい、人足共はあるかやい」
 お取持が恐縮千万のうちに、後ろを振返って大きな声で呼ぶと、
「おーい」
と勢揃いの声がして、一方から現われるのは、揃いの着物に向う鉢巻の気負いが五人、手に手に鳶口《とびぐち》を携えて、しずしずと世話役の前へかしこまる。
「これ頭《かしら》たち、今日、せっかく元服のお客様をお招き申し上げたところ、道筋に斯様《かよう》な大きな山があっては、行くに行かれぬと、お客様方よりお叱りでござるによって、早々、山を取崩して、道筋を平らになさるように……」
「委細承知いたしました、さあさあ、よいやさの――さ」
 五人の頭が、鳶口を振り上げて、よいやさのよいやさのと、かけ声ばかりは勇ましく、振袖が大風《おおふう》に指摘している路面に、ほんの少しばかり頭を出しただけの小石を掘りにかかる。その大仰な仕事ぶりを見ると、見物一同やんやの喝采だ。
 それからまた、件《くだん》の山岳取りくずし工事の緩慢さ、五人の頭が、かけ声ばかり大仰で、拳大の石一つ掘り出すに、いつ果てるとも見えない。
 見物は、その緩慢にして、大仰な仕事ぶりを見て、しきりに嬉しがっている。
 ばかばかしくって、たまらない米友。

         二十六

 幾時《いくとき》の後なりけん、山道|切拓《きりひら》き工事(拳大の石を一つ掘り出すこと)がようやく終ると、木遣《きやり》の声がする。
 大骨折って掘り起した三百匁ばかりの石を、手揃いで大八車に積みのせる仰々しさ、さてまた、それを木遣音頭で送り出す騒がしさ。
 そこで、お取持が、新元服の前に例によって平身低頭して、工事のようやく成れることを告げてお通りを乞うと、新元服は鷹揚《おうよう》にうなずいて、歩み行くこと約三尺。
「お取持、おのおののお骨折りによって、大山は取除かれたが、またしてもここに大きな川があって渡れ申さぬ」
「ははあ、これはまた恐れ入りました、では、橋かけに取りかからせまする」
 大きな川があって渡れないというところを見ると、金魚屋がこぼして行ったような水たまり。
 その御託宣をかしこまって人夫をかり立てるお取持――えんやえんやで竜吐水《りゅうどすい》が繰込んで来る、蛇籠《じゃかご》が持ち出されるという光景を見て、米友がばかばかしさを通り越して、もう一刻も我慢がなり難くなりました。さすが暢気《のんき》な道庵も、うんざりしたと見えて、
「友様やあーい」
「おーい」
「どうだ、出かけようじゃねえか」
 一から十まで承知しているような面《かお》をしながら、その実、頭も尻尾も一向なさか[#「なさか」に傍点]のわからない道庵先生に向って、お数寄屋坊主が、今の元服加儀の行列のいわれを、説明していうことには――
 毎年の初午《はつうま》には、熱田西浦東浦の若い者が元服する。その加儀として、去年元服した若い者を請待《しょうだい》する――招待された客は、おのおのに箱提灯《はこぢょうちん》を持たせ、髪も異様に結い廻し、すべておかしき形を旨として出立する。
 その時、亭主の方よりお取持の者が大勢出で、客の前後に従い、案内をする。その行列はさながら蟻の歩むが如く、我儘《わがまま》の言い放題で、取持を困らせるのを例とする。ただいま実見した通り、小石一つ見つけても大きな山があると言い、水のこぼれたあとを見ては、深い河があって渡れないと言う。その度毎に、あの通りの騒ぎで、大勢寄ってたかって、石を掘り取り、木遣《きやり》で送り出し、水は大仰にかいほすやら、橋をかけるやら――万事この調子で、道のり四五町のところを、正午《ひる
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