うき》を当てるか知れたものではありません。ちょっと思い惑《まど》うて、お雪は障子の戸をあけて外を見ますと、思いがけない、すばらしいながめを見ることができました。
 白骨の温泉場は谷底のようなところですけれども、見上ぐるところの峰巒《ほうらん》に、それぞれの風景を見られないということはありません。
 今は雪です。雪が今日はめざましいほど降り積って、四周《まわり》の山を覆うているのを見ました。お雪がこんなに打たれるほど、見慣れたこの風景をめざましいと思ったのは、近頃、たれこめて、久しく戸の外を見なかったせいでしょう。
 このすばらしい雪の景色を見ると、雪に圧下《おしくだ》される冬の恐怖よりも、雪に包まれた自然の美しさを歌いたい気になりました。
 屋根の垂木《たるき》、廊の勾欄《こうらん》までが、雪とうつり合って面白い。浴室の鎧窓《よろいまど》から、湯煙の立ちのぼるのも面白い。湯滝の音が、とうとうと鳴るのも歌になると思いました。
 そこでお雪が暫くの間、うっとりとしました。我を忘るる時は、歌を思う時でしょう。
 さて、自分は歌わんとしてまだ歌をなさないが、清澄の茂太郎ならば、早速何か歌うだろ
前へ 次へ
全157ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング