なもので、自然と風景の批評もなければ、人情と土地柄の研究もありはしない。たまにあるとすれば、どこはどこに比して、人間が親切だとか、宿賃が比較的安い、といったような簡単なもので、無理にも盗み見の興を催させるような記事は一つもない。
 だが、お雪が、もう少し図々しく構えて、いっそのこと、机の前に全く膝をつっこんで、お尻を据えてしまって、逆にでも、順にでもいいから、帳面を根本的に読みのぼって行ったなら、俄然《がぜん》として、驚くべきことを発見したに相違ありません。
 この俄然として驚くべき発見というのは、この日記の主《ぬし》が、現に、自分の甲州の上野原の月見寺に少しの間ながら逗留していたということ。
 それを逗留させたのは他人ではなく、こうして現に盗み見をしている自分であること。
 そうして、あの時分の出来事が、これと同じように平々淡々たる棒書きで、このうちのあるページの記事として見られるということ。それらを発見して――この娘が人から多く愛せられ、人をも愛することの多いこの娘が、全く路傍の人ではなかったことを、この時、この際に発見し得たなら、驚き喜ぶに相違ありますまい。
 ところが、お雪には
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