《れいぼ》の曲を吹いていたのですよ」
「鈴慕の曲というのは、どんなんだい、面白《おもしろ》かったかい」
「ええ、ずいぶん感心を致しましたよ、今までに覚えのないほど、感じてしまいました」
「そうかね、お前がそれほど感心するくらいならずいぶん面白かったろう。そうしてそれは、どんなに面白かったんだい、それを聞かしておくれな。いやいや、それより先に、その鈴慕の曲ってやつはいったい、何だね、何を意味しているんだか、弁信さん、お前はものしりだから、そいつから先に教えておくんなさいな」
「それは、わたしでなくったって、少しでも尺八のことに心得のある人は、鈴慕の名前ぐらいは誰でも知っていますよ、また相当に稽古をした人は、吹けといえば誰でも吹きましょう、別に珍しい名前でもなければ、秘曲というほどのものでもございません。ですから、私共のようなものでさえ、こうして耳を澄ましていますと、ははあ、あれは鈴慕だな、と忽《たちま》ちに合点《がてん》を致すのでございます。で、私も、これまで堪能《たんのう》の方々から、鈴慕を聞かせていただいたことは幾度かわかりません、聞かせるには聞かせていただきましたけれど、不敏な私に
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