機転を働かせるほどに白骨の温泉の名が、人の耳目に熟していなかったと見なければなりません。
まして、今、ここに来た娘は、あれは月見寺のお雪ちゃんです。
兵馬が、お雪ちゃんの世話になったのは、今に始まったことではない。また兵馬も、お雪ちゃんを強盗の危《あや》うきから救ってやったこともある浅からぬ因縁《いんねん》が、ここまでめぐり来たっているということを、おたがいにこの時は少しもさとりませんでした。
兵馬は、病気の苦痛で人の親切を受けても、その人柄までを、充分に見る余裕はなかったとはいえ、お雪ちゃんが気がつきそうなものだが、それとても、今時こんなところで、旧知の人を見ようとは想像以外であったのか、或いは兵馬そのものが、旅疲れでやつれ果て、見違えられていたか、とにかく、充分に因縁のある二人が、ここで、奇遇に驚いて、あっ! とも、おや! とも言わなかったことが不思議でした。
しかし、当然、約束しておいた仕事、火を持って来ることだの、お粥《かゆ》をこしらえることだの、矢継早《やつぎばや》に、この室を重ねて見舞わねばならぬはずになっていますから、今度見えた時こそ、二人の底が割れて、アッとしば
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