って、
「新助さんかね」
「旅の者でございます、少々尋ねる人があって、これへ入り込みました」
「何、たずねる人があって、いまごろ、今時分、ここまでおいでになった……」
「御免下さい」
北原賢次が土間へ下りて、ありあわせの草履《ぞうり》を突っかけて、戸をあけにかかった時、ふと本能的に、自衛の念にかられないでもありません。
秋からかけて、冬籠《ふゆごも》りでさえ異例であるこのところへ、新たに入り込み来《きた》る人、しかも、まだ深くはないと言いながら、この雪、この夜、人を尋ねるといって来たその人の正体が、油断ならない。尋ねられるほどの人がここにいるか、もし目ざされるとしたら、われわれこそとりあえず、その最も注意人物でなければならぬ。
そうでなければ、いわゆる、狐狸というようなお愛嬌者《あいきょうもの》が、型の如く人間を笑わせに来たのか、ともかくも、相当の心持であけてみる必要がある。ガラリ(戸をあけた音)――
「これはこれは、不時におたずねして済みませぬ」
それは存外穏かな、まだ若い旅のさむらい。
四
宇津木兵馬は、北原賢次に案内されて、例の炉辺《ろへん》までや
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