って来ました。
 そこで池田良斎に引合わされ、北原賢次にも改めて挨拶をする。
 少しばかり話をしてみた時に、兵馬が、これがこの宿の主人か知ら、宿の主人ではあるまい、と感じました。
 それにも拘《かかわ》らず、二人は今、炉にかけた鍋の中から、熟した甘藷《さつまいも》を箸でさして突き出して、盆の上に置き並べ、
「さあ、珍しくもありませんが、一つ召上れ」
と兵馬にすすめました。これはふかしたての薯《いも》ではありません、ゆでたての薯であります。
 珍しくないと、主人側はことわったけれど、この場所では、非常な珍しい物であるのみならず、かなり飢えていた兵馬にとっては、美快なる食慾をそそるに充分でありましたから、やがて辞儀なしにその薯を取って食べました。
 二人もまた、同時にそれを取って食べはじめます。
 蓋《けだ》し、この二人が、今まで炉辺を囲んでいた理由は、この薯の熟するを待っていたものでしょう。そこで今度は、珍客としての兵馬を中心に、食べながら話の緒《いとぐち》が開かれました。
「どちらからおいででござった」
「檜峠というのを越えて参りました」
「して、お国は?」
「数年来、諸国を遍歴して歩
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