十六

 その晩「鈴慕」を、宇津木兵馬は、自分の座敷で「碁経」を読みながら聞いておりました。
「碁経」は、宿に有合せのものを旅のつれづれに、ひろげて見ただけのものですが、それでも、多少下地があるものですから、見て行くうちに興をひかれて、なるほど、ここはこうして打つものかな、こんな手もあったものか知らん――と注意して行って、なるほど、定石《じょうせき》を打つと二三目は弱くなるそうだが、弱くなるのが本当だ。
 自分も子供時分から器用で少しはやるが、本当にやろうとすれば、全部を白紙にして出直さなけりゃならん。無法に強いのは、強いのにならぬ。無法の勝ちは、勝っても負け――どの道も同じことだ。そんなふうに感心しながら、鈴慕を聞き流してしまいました。
 尺八のことは、なおさら分らないから、いま何を吹いたのだか、当りもつかず、曲そのものに気を留めて聞こうとはしませんでした。それで、聞き終ると共に一種の哀愁を覚えて、「碁経」の巻を閉じました。
 そこでなんとなく、座敷の外へ出てみたいと思ったのは、虫のせいかも知れません。
 今宵は、前の晩のように間毎間毎を、探索の眼を以てたずね
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