い」
 お雪は、竜之助が棒の如く立って、凝視《ぎょうし》している、その越中の剣《つるぎ》ヶ岳《たけ》の半面に向って、同じように、凝視の眼を立てました。
「見えるだろう、そら、あの頂上に」
「何も見えません」
「おかしいな、よく見てごらん、頂上に錫杖《しゃくじょう》が立っている」
「え、錫杖が、あのお山の頂上に?」
「そうさ、ただ一本の錫杖が、絶頂の岩石の間に、突き立ててあるのが、お前には見えないのかなあ」
「少しも見えません、また見えるはずもございませんもの」
「だから、わしの眼が今日はどうかしているのだろう、こっちの眼では、ありありとわかるものが、お前の眼に少しも見えないとは……だが確かに錫杖が一本、あの剣ヶ岳の上に立っている。錫杖が存する上は、それを立てた人間がなければなるまい。人間がそれを立てたとすれば、古来、人跡至らずといわれた伝説は嘘だ……」
 しかしながら、これは物争いになりませんでした。一方が見えるというものを、一方が全く見えないというのですから、議論になりません。
「ああ、お月様が出ました、新月が……何という、いじらしい光でしょう。ですけれども、また触れば切れそうなあの
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