ってピグミーは、軽快に立ち上り、またも籠目形の鉄瓶のつるに足をかけて、自在竹をスルスルとのぼって、天井の簀《す》の間に隠れてしまいました。
弁信が熊の敷皮の上に横になったのは、そのあとのことで、横になると肱枕《ひじまくら》にスヤスヤと寝入ってしまいました。
三
同じ夜の、同じ時刻のことです。
ところは、信濃の国の、白骨の温泉への山路を急ぐ一人の旅人がありました。
外は満天の月光でありまして、地は一面の雪であります。
白骨への嶮山難路を、今の時候に、今の時刻に、しかもひとり旅で辿《たど》るということは、全く思い設けぬことで、何か非常の用向があるか、そうでなければ、ついつい道に迷って、松本平へ帰ることもできないし、そうかといって飛騨《ひだ》の国へ出ようというのは途方もないことです。
弁信に向ってピグミーが、これから白骨へ出かけてみると言うにはいったが、ここに現われたのは、いくら遠目に見ても、そのピグミーでないことは、姿と、形と、足どりを見さえすれば、誰にもわかることです。
この時代と、年代とに、雪の白骨道を夜歩くということは、全く途方もない現象というべき
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