痛みも、痒《かゆ》みも、残るのではございませんが、人様がそうおっしゃって、私を慰めて下さるので気がつきます。着物の上からまで、そんな創痕《きずあと》が見えるんでございますか知ら」
弁信が白い布を懐《ふとこ》ろへ入れては出し、入れては出しして見せる。それが、その度毎に血に染まっているのです。弁信自身は、拭うても、拭うても、拭いきれぬ血を拭いているとは思わないでしょうが、見ているピグミーは、眼を皿のようにして、そのおびただしい血痕が、弁信のいずれの肢体から滲《し》み出でるのだか、驚惑と、興味と、恐怖とに駆《か》られて見ていたが、やがて気の毒そうに、
「弁信さん、お前もかなり疲れているから、お休みなさい、おいらはこれから出かけます」
「そうですか、お前さん、これからどこへ行きます」
「そうさね、どこといってべつだん当てはないのだが、お前のいま言ったその信濃の国の、白骨《しらほね》というところへでも行ってみようかと思っているのさ」
「あ、そうですか、白骨へ行きますか。白骨へ行きましたら、皆さんによろしく」
「それじゃお前、弁信さん、横になってゆっくりお休み、おいらはこれで失礼するから」
とい
前へ
次へ
全157ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング