ろうかも知れぬ。
 どちらでもかまわぬ。自分としては、彼等に附きまとわれず、一人旅さえできれば結句それで満足だが、あとに残された彼等と、それから従来の冬籠《ふゆごも》りの連中との間の、意志と、感情との疎通《そつう》ぶりを考えてみると、どうも安んぜられないものがある。
 従来の客に対して、どうも気に食わない、気に食わないと、仏頂寺らが口癖のように言っている。尺八の音までも目の敵《かたき》にしている様子だ。
 この分で、双方が、相当の期間居残る間には、感情の行違いが嵩《こう》じて、風、楼に満つるといったような形勢にならねばよい、どうも、そうなるにきまっているらしい。
 仏頂寺、丸山は名うての者、逗留《とうりゅう》の冬籠りの連中も、それよりは異なった意味において、一癖も、二癖もありそうだから、無事では済むまい。兵馬は当然の順序として、その事を気にしないわけにはゆきません。
 しかし、それも、自分というものがおれば、いくらかその間に緩和剤ともなり得るが、自分が去ってしまえば、安全弁を抜きっぱなしで行くようなものだから、心もとない限りだ。
 どちらに廻っても厄介者だ――と兵馬は、苦《にが》りきっ
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