いから、あれに列席してみると、席の空気もわかるし、滞在客の性質もわかるのだ。それらについて、知り得るだけは知って置いても害になることではない――兵馬はそう思案したものだから、今日はひとつ、これから炉辺閑談の席へ、進んで出席してみようとして、一通り衣裳をつけました。
そうして、袴《はかま》をつけるまではないが、刀と脇差は、持って行こうか、行くまいかと思案し、それも物々しいし、丸腰も本意でないようだから、脇差だけを差して行こうと、その通りにして、二階から徐々《しずしず》と炉辺をさして下りて行きます。
この時、炉辺閑談の席は、鐙小屋《あぶみごや》の神主の退却した時を以て一次会が終り、あとは閑散のやからが残席を守り、或いは長々と炉辺に寝そべって、頬杖《ほおづえ》をつきながらだまり込んでいるのもある。
つまり、池田良斎一行の北原と、それから留守番のおやじと、村田寛一と三人だけでしたが、三人とも、いずれも、だまりこくって、炉辺を囲んでいるところへ兵馬がやって来ました。
「さいぜんは、神主さんが見えたとやらで、お招きを受けましたが、少し用事があったものですから失礼しました」
「いや、どうも。まあ、おあたり下さい」
横に寝ていた者までが起き直って、おやじはそれに薪を加えました。見れば、大きな鍋で芋粥《いもがゆ》をこしらえているらしい。
「御免下さい、御同宿の方々はお賑《にぎ》わしいようですが、みんなで何人ほどおいでなさいますか」
兵馬にたずねられると、村田が、
「全く珍しいことですよ、この温泉へ、こうまで顔がそろって冬籠《ふゆごも》りをしようなんぞは、白骨はじまって無いことでしょう。売れ出すと売れるもので、もうこれきりと思っていた後から後から、俳諧師の梅月君が来る、猟師の嘉蔵殿が来る、雪を踏み分けて貴殿というものが来られたかと思うと、そのあとを追うて、ただいま湯に行かれたあの二人の御仁……」
村田は、歯切れのよい言葉で言いました。
十二
「あなた方の御同勢は、すべて何人でございますか」
兵馬から物おだやかにたずねられて村田が、
「われわれの同勢は左様――すべて五人になりますかな」
「みんな男の方ばかりですか」
「無論です、野郎ばかり五人揃って、越年《おつねん》をしようというんです」
「女の方もおいでのようですが、あれは、あなた方のお連れではございませんか」
「あれは、違います、全く他人です」
「ははあ、そうしますと、あなた方御同勢の五人と、その女の方の一行と、二組だけでございますか」
「それに俳諧師の方が一人おります、留守番と、猟師が二三名出たり入ったり……」
「そうですか。そうして、あなた方は失礼ながら、どちらからおいでになりましたか」
「飛騨《ひだ》の方から参りました」
「重ねて失礼ですが、御商売は何ですか」
「商売……」
村田は、ちょっとばかり苦《にが》い顔をして、頭へ手をやり、
「商売と改まって聞かれると閉口するですがね、実は神楽師《かぐらし》なんですよ」
「神楽師?」
「ええ、池田というあれが頭分《かしらぶん》で、神楽をやりながら諸国を渡り歩き、この冬はここへ籠《こも》って、また飛騨の方面へ帰ろうと思います。一行のうちには、飛騨の高山生れの者もありますんでな」
「そうですか、それでおのおのは、音曲のたしなみがおありなさるのだな」
「神楽師《かぐらし》とは言いながら、変り種ばかり集まっていますから、神楽師にしては人間が大風《おおふう》だと思召《おぼしめ》すかも知れません、事実、神楽は道楽のようなもので、学問武術などにも相当に心がけのある奴がいるんですから、変に思召すかも知れませんが、慣れるとみんな無作法者ばかりです」
「それも頼もしいことです。実はただいま、神楽師とおっしゃるから、こいつ怪しいと思いましたよ。普通神楽師といえば、われわれの頭にまずうつってくるのは、二十五座とか、十二神楽とか、馬鹿囃子《ばかばやし》とかいったようなものですが、あなた方は、そんな種類の人とは思われないから、世を忍ぶ謀叛気《むほんぎ》の方々かと、一時は疑いの心を起しました」
「いや、決してそういう物騒なものではありません。一口に神楽といえば、馬鹿囃子みたようなものにとられ易《やす》いですけれど、文字そのものを吟味してごらんなさい、神を楽しむ、或いは神を楽しませ申すという立派な字面《じづら》です、従って、神楽師といえば、神前に奉仕する敬虔《けいけん》な職務ということにならねばならないのですが、どうもそう響かなくなっているのは習慣ですね。たとえば、道楽者といったようなもので、道楽という字面からいえば、道を楽しむのですから、孔孟や老荘の亜流でなければならないのに、普通、道楽者といってしまえば、箸にも、棒にも、かからないやくざ者
前へ
次へ
全40ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング