「思い出すよじゃ思いが浅い――というわけでもあるまいが、ちょっと愛くるしい娘だな」
「第一愛想がいいね、人をそらさないところがあるが、それといって、それ[#「それ」に傍点]者《しゃ》のするワザとさがない、天然に備わっているチャームというものがある」
丸山勇仙は、多少語学の素養があるから、それでチャームというような言葉をつかってみるのでしょう。仏頂寺弥助にはわからない。わからないなりで反問もしない。
「どうもいかんな、女はくろうと[#「くろうと」に傍点]に限るよ、いかにほれてみたところで素人《しろうと》では、うっかり冗談もいえない。第一、今のが宿の娘であるとか、女中とかいうことであれば、お愛嬌に、お酌の一つもしてもらうことに遠慮もいらないが、客であり、ことに保護者がついていたんでは、万事休すだ」
「左様さ、保護者のある女は仕方がない」
二人がしきりに保護者呼ばわりをして、何か残念がっているその噂《うわさ》の主《ぬし》というのは、想像するまでもなく、ここに来ているお雪のことなんでしょう。
昨晩か、今晩か、二人が着いた時、多分お雪あたりが居合わせて、宇津木兵馬――二人も心得て兵馬とはいうまい、変名の静馬あたりを呼んだであろうが、相当に説明して案内を頼むと、わかりがよく、直ちにこの部屋につれて来て、ここまで落ちつくように世話を焼いてくれたのはお雪で、そのお雪の親切ぶりが、なんとなく二人を動かしたものですから、とりあえず、その噂を以て話頭が開かれたものと思われます。
そこへ兵馬が風呂から戻って来たものですから、兵馬は驚くよりまず、苦々《にがにが》しい思いをしました。
二人は、戻って来た兵馬を見て、ニヤニヤと笑い、
「やあ、暫く暫く」
と言いました。
人の留守へ入って来て、肉を煮たり、酒を飲んだりしている無遠慮。それをとがめ立てしていた日には、この連中とつき合いはできない。
苦々しい思いをしながらも、兵馬は詮方《せんかた》なしとあきらめて手拭をかけ、
「諸君、いつ来た」
「昨晩から今暁へかけて、戸の隙間《すきま》からそうっと忍び込んで来たわいな」
「あれから、君たちはどうした、あの女も一緒か」
「あれか――いやどうも面目《めんぼく》がない」
丸山勇仙が顔を一つ逆に撫でて、面目ない様子をしながら、ケロリとしている。
「無事に、浅間まで送り届けてくれただろうな」
「
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