ころの自分を発見しました。
 どうも困ったものだ、和藤内《わとうない》ではないが、行けども行けども藪の中。
 こんなところへ迷い込んで来るつもりはなかったのだが、どうも仕方がない。
 迷いこんでみれば、歩くだけ歩いて、抜けるところへ抜けなければならないのだ――と、歩いているというよりは、やはり彷徨しているうちに、藪の中で一人のおやじが頻《しき》りに竹を切っている。
 何をするかと見ると、竹を切っては頻りに尺八を取っているらしいから、兵馬が夢のうちで、何だ、あんまりこしらえ過ぎる、宵に尺八の音を聞いたからといって、ここで尺八を見せなくってもよかりそうなものを、夢にしても、あんまり幼稚な複写だと、夢中に夢を評するような心持で、その前を通り過ぎたが、やはり竹藪で、兵馬は尺八だけは、夢中に夢を観ずる気持で見ましたけれど、竹藪の中を歩いている夢は、やはり夢ではない、うつつの彷徨《ほうこう》でありました。
 そうして、ともかくも夜もすがら兵馬は、竹藪の中を歩きつづけている夢を見て、暁に徹しました。
 今までいろいろの夢も見たが、一晩中、竹藪の中をさまよいつづけている夢を見通したのは初めてだ。そこで、鶏の声が聞えたから、はあ、もう占めたものだと夢うつつのさかいで、ホッと息をついていると、どこかで荒らかに戸をたたき、
「兵馬、兵馬、宇津木兵馬が、もしやこのところに来てはいないか、仏頂寺弥助と、丸山勇仙がやってきたよ」
 すわ! と夢うつつのさかいを破られました。来たな、どの面《つら》下げて何といって来たか。亡者《もうじゃ》とは言いながら、よく[#「よく」に傍点]かぎつけて来たものだ。こうなってみると、どっちが先走りをしたものかわからない。
 だが、あのいけ図々しいおとないぶりを見ても、このまま飛び出して対面してやるのも癪《しゃく》だ、竹林は抜けて鶏の音は聞いたが、実はまだ眠いのだ、よし、もう一寝入りして、奴等の気を腐らせてやれと、兵馬も相手が相手だけに、兵馬としては似合わしからぬ、狸寝入りを試みているうちに本物になって、寝耳のところに、
「兵馬、仏頂寺と、丸山が来たよ、いるんなら起きて出迎えろ」
 それをうとうとと小気味よく聞き捨てて、やはり夢うつつのところを彷徨しています。

         九

 その翌日は、白骨温泉の炉辺閑話に、変った面触《かおぶ》れが一つ現われました。

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