しいねえ!」
 お浜は物差を取り直して、ピグミーを横なぐりにすると、そのまま畳の中へ没入してしまいました。

 立場を失ったピグミーは、畳の下をくぐって、お雪の寝ているその枕もとに現われました。
 ここに出没するピグミーは、全く眼の見えない人か、或いは眼が見えても、見えないと同様に、眠っている人にしか現われないらしい。
 真黒な細身を、にちゃにちゃとお雪の枕もとへ摺《す》り寄せて、
「お嬢さん」
と猫撫声《ねこなでごえ》で、
「お嬢さん、よくお寝《よ》っていらっしゃいますね」
 お雪の眼のさめないのをいいことにして、その枕もとに這《は》い迫り、
「いつも、お一人でここにおやすみになるのですか、お若いうちはようございますね、何も知らずやすんでいらっしゃる」
 言わでものことを言いながら、お雪の寝顔をしげしげと見入り、にっこり笑って、立ち上ると、妙な足拍子を取って、蒲団《ふとん》の四隅を、八角に廻って踊りはじめました。
 一廻り踊っては寝顔をながめ、また一廻り踊っては寝顔をながめ、自己陶酔の形で踊り狂っていたが、ついには興に乗じて、蒲団の上へ飛び上り、また飛び下り、蒲団の裾へいくつものわな[#「わな」に傍点]をこしらえ、手を拍《う》って喜んでみたが、やがて、それにも飽きたと見え、物珍しそうに、この部屋の天井の隅から畳の溝までも見わたすと、忽《たちま》ち身を躍《おど》らして、吊棚《つりだな》の上へ飛びあがりました。
 ピグミーは探し事を好むらしい。人のすきに乗じて、人の気のつかないところを笑ってみて、何かその間に獲物《えもの》を得ることを以て、この上なき誇りとするらしい。やっぱり物好きは暗いところにある。
 だが、不幸にして吊棚の上には、その好奇心の餌食になるべき何物も見出せなかったらしく、今度は身を軽く、吊棚から戸棚の透間へ入り込んで、しきりに音をさせていたが、そこでも思わしいものを発見し得なかったと覚しく、失望の色をたたえて立ち出で、最後に見出したのは、お雪の枕許《まくらもと》の手文庫です。
 その蓋《ふた》をあけて、取り出した一巻の紙きれ――さてこそ、さてこそ、とほくそ笑みしたピグミーは、それを行燈の下へ持って来て繰りひろげて、ひとり合点《がてん》に、痛快の色を面《おもて》に現わしました。
 多分、ここにおいて、はじめて秘密のものを発見し得た、これを此方《こっち》の
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