ないじゃないか」
「まあ、よくごらんあそばせ、畳む着物も、畳む着物も、みんなこの通りでございます」
「どうしたんだい」
見ると、お浜のうしろには、今まで畳み上げた着物が、山のごとく積み重ねてあることを知りました。
だが、この通りでございます、といって示したこの通りが、どの通りだか、さっぱりわかりません。それをお浜は心得たように、羽二重《はぶたえ》かなにかの長襦袢《ながじゅばん》の真白なのを一枚だけ取って竜之助に見せますと、それには、べっとりと血がついておりました。
「おわかりになりまして?」
「うむ」
「これは地が白いから、わかりますが、黒いのや、紫や、紺地なのは、この血の色がわかりません。わからないけれども、どれとして一つ、血のついていないのは無いのですよ。まだベトベトとしめりの来ているのもあります、もう乾いて、ひきはなすとバリバリと音のするのもありますよ。ですから、畳み直すのに骨が折れて仕方がありません。まあごらん遊ばせ、これなんぞは、こんなに生々《なまなま》しい、さわると手がこの通りでございます」
お浜は畳んでいた小手を上げて、その掌《たなごころ》から、手首から、二の腕のところまで、真紅《しんく》の血痕が淋漓《りんり》として漂うのを示しました。
竜之助は眼を据えて、その血の腕を見つめます。
竜之助は白い眼で、それをじっと、暫く見据えていたが、やがて言いました、
「そんな物を、誰に頼まれてひねくり廻すのだ、早く屑屋《くずや》に売ってしまえ」
「屑屋だって買やしませんよ、第一、かかわり合いが怖いって言いますから」
「屑屋も買わないものを、御丁寧に皺《しわ》をのばして、どうしようというのだ」
「こうして置いて、まとめて、地獄へ送って上げようと思います」
「ふふん」
と竜之助があざ笑いました。
この世で屑屋さえ買いたがらないものを、地獄で受取って何にするのだと、口へ出しては言わないで、冷笑を以てむくいました。
「地獄では、こんなのを大変に喜びます」
お浜は負けない気になって、ことさらに誇張したような表情で、そのなかの女の着物、自分がいま着ているのとほとんど同じもの一枚を取り出して、その袖をひろげて、蝙蝠《こうもり》のように竜之助の方に向け、
「ごらんなさい、これは、わたしのでございますよ、この乳の下に大きな穴があいてございましょう、こんなのを着て行くと、
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