そんなら、それでいいじゃないか。つまらない、ふざけた、子供じみたいたずらをして見せたものだ。ばかばかしい。お角が再び呆《あき》れ返って、せせら笑いました。
 胡麻の蠅というのは、つまり百の野郎だ。百の野郎が、熱海あたりから、くっついて来ているのだ。がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵ならば、何だって、こんな、しみったれたいたずら[#「いたずら」に傍点]をするのだ。
 お角は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の、甚《はなは》だけち[#「けち」に傍点]な野郎であることを、あざけってみましたけれども、もう少し同情して、思いやってみると、これには、また相当の仕立てがあるかも知れない。
 奴、何か人目が忙しいものだから、遠廻しに附いては来ているが、大びらでは立寄れないのだろう。明らさまには、それといって話もいいかけられないのだろう。つまりあいつの身の忙しいのも、今にはじまったことではないが、その忙しさも、世間晴れての忙しさでないことも、大抵はお察し申している。
 それでさとれよがしに、こんないたずらをしての思わせぶりだ。
 そうだとすれば、笑ってやりたいくらいのものだが、それにしても、やり方
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